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迷路で学ぶ上達や成長が早い人の特徴。透明な迷路問題

目次
1、上達や成長とは
2、迷路で上達や成長する方法を確認する
3、難しい迷路でもゴール出来る理由
4、迷路とサッカーの違い
5、迷路が透明だとゴール出来ないのか
6、迷路で学ぶ上達や成長が早い人の特徴
7、透明な迷路には敬意と自信が必要

目的
透明な迷路でサッカーが上手くなる方法を確認し実践する。
理由
迷路を使えば上達や成長が早い人の特徴を理解でき、サッカーだけでなく他のことにも活かせるから。

最終更新:2021-08-17 公開:2021-08-17

1、上達や成長とは

「上達」や「成長」とは何か。
ここでは簡単に考えます。難しく考える必要はありません。

これから扱う「上達」や「成長」とは、「問題を解決出来る能力が付くこと」とします。
「上達した」や「成長した」とは、「問題を解決出来るようになった」という意味になります。

「問題」には簡単なものから難しいものまでありますが、「問題の難しさ」は気にしません。
これから扱う内容は「非常に簡単なもの」なので、難しさは気にしないでください。
これから扱う「問題」とは「迷路」のことです。(下の図が迷路)

迷路の絵

「迷路」とは「決められた場所からゴールを目指すゲーム」
一般的な遊びだと思います。

「問題を解決出来る能力」が確認出来たら「上達した」や「成長した」となります。
「迷路」で説明すると「ゴール出来たら上達や成長した」と考えます。
簡単ですね。

「一回でゴール出来た(ゴール出来なかったことが無い)」場合も「上達や成長した」と考えます。
言葉の説明はこれぐらいにして、「迷路」を使って「上達や成長が早い人の特徴」を確認します。
「上達や成長」は「日本人が得意なこと」であると確認出来るはずです。

「日本人が非常に得意で身近なこと」が「上達や成長すること」になります。

2、迷路で上達や成長する方法を確認する

「迷路」で「上達した」や「成長した」とは「ゴール出来た」という意味になります。
「上達」や「成長」を知るために、「迷路」で「ゴールするまでの流れ」を確認します。

  • 迷路でゴールするまでの流れ

下の「迷路」を使って「ゴールするまでの流れ」を確認します。

迷路の絵

上にある「迷路」でゴールまで行けるか確認してください。
簡単なので、そこまで時間はかからないと思います。

上の「迷路」でゴール出来たら、下の解説を読んでください。

  • 迷路でゴールするには

上の方で紹介した「迷路」を解説します。
下にある「迷路」は上の方で紹介したものと同じです。
説明がしやすいように大事な場所に「緑色の丸」と「矢印」を描いています。

「緑色の丸」は選択肢が2つある場所。どちらを選択するか考える場所です。
「緑色の丸」から出ている「青色の矢印」「赤色の矢印」は、選択肢を表現しています。

「迷路」の説明が終わったので、解説に入ります。

迷路の絵

上の図の左側(C)を見てください。
スタートから少し進むと「緑色の丸(上の図ア)」があります。
「緑色の丸」は選択肢がある場所なので、どちらに進むか考えます。

迷路(C)の緑色の丸(ア)で赤色の矢印を選択した場合
どちらを選ぶか悩みますが、「赤色の矢印」を選択します。
「緑色の丸(上の図ア)」「赤色の矢印」を選ぶと「行き止まり」でした。

「迷路でゴールする」には「ゴールまで続く道」を探す必要があります。
「最初の選択」では「行き止まり」だったので、次は残された選択肢を試します。
残された選択肢とは「青色の矢印」のことです。

迷路(C)の緑色の丸(ア)で青色の矢印を選択した場合
「緑色の丸(下の図ア)」「青色の矢印」を選択して進むと「ゴール」出来ました。
「ゴール出来た」ので「上達した」「成長した」となります。

難しいことは全くしていないと思います。
日本人にとって身近である「遊び」ですね。

今回は「迷路C(下の図左側)」に挑みました。
次は、少し選択肢が増える「迷路D(下の図右側)」を試してみます。

迷路の絵

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  • 迷路(D)でゴールを目指す

今度は「迷路D(下の図右側)」でゴールするまでの流れを解説します。
「迷路C(下の図左側)」は「緑色の丸」が1つだけでしたが、「迷路D(下の図右側)」は「緑色の丸」が3つもあります。

「緑色の丸」が3つに増えますが、考えることは全く同じなので問題ありません。
怖がる必要は無い。
「ちょっと遊ぼう」という気持ちで「ゴールを目指す」といいでしょう。

迷路の絵

「迷路D(上の図右側)」で「ゴール」を目指します。
「スタート」から進んでいくと「緑色の丸(上の図イ)」があります。
「緑色の丸」は「道を選択する場所」

迷路(D)の緑色の丸(イ)で赤色の矢印を選択した場合
「緑色の丸(上の図イ)」「赤色の矢印」を選ぶと「行き止まり」になりました。
「行き止まり」になったので、「緑色の丸(上の図イ)」に戻り、もう1つの選択肢を試します。

迷路(D)の緑色の丸(イ)で青色の矢印を選択した場合
「緑色の丸(下の図イ)」「青色の矢印」を選択して進んでいくと「緑色の丸(下の図ウ)」が見つかります。
選択肢が2つあるので、どちらを選ぶかは次で考えます。

迷路の絵

迷路(D)の緑色の丸(ウ)で赤色の矢印を選択する場合
「緑色の丸(上の図ウ)」「赤色の矢印」を選びます。
「赤色の矢印」を選択して進むと「行き止まり」になりました。
「行き止まり」になったので、もう1つの選択肢を考えます。

迷路(D)の緑色の丸(ウ)で青色の矢印を選択する場合
「緑色の丸(下の図ウ)」「青色の矢印」を選んで進んでいくと「緑色の丸(下の図エ)」が見つかります。
「緑色の丸」は「選択する場所」なので、どちらを選ぶかは次で考えます。

迷路(D)の緑色の丸(エ)で赤色の矢印を選択する場合
「緑色の丸(下の図エ)」「赤色の矢印」を選択したら「行き止まり」になりました。
「行き止まり」なので、もう1つの選択肢を考えます。

迷路の絵

迷路(D)の緑色の丸(エ)で青色の矢印を選択する場合
「緑色の丸(上の図エ)」「青色の矢印」を選び進んでいくと「ゴール」が見えました。
「ゴール出来た」ので「上達した」「成長した」と言えますね。

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  • 迷路でゴール出来る人

「迷路」で「ゴール出来る」とは、「ゴールまで続く道を探し出せる」という意味です。
「一回でゴール出来ないとき」でも「何度も試すこと」で「ゴールが見つかる」
上で扱った「迷路」では「赤色の矢印」が全て「行き止まり」になっています。

「迷路で行き止まりになったら終わりなのか」
終わりではありません。
「行き止まりを見つけた」ということは「正解ではない道を知った」ということです。
今回扱った「迷路」では「選択肢が2つしか無い」ので、「行き止まりを見つける」とは「正解ではない道を知る」ということであり、「正解を知ること(行き止まりではない方が正解だから)」でもあります。

「行き止まりで引き返すことは間違いではありません」
「行き止まりで引き返すことは正しい判断です」
「行き止まりで引き返さないことは間違いです」

「迷路の勝利条件」は「ゴールを見つけること」
「ゴール出来るなら成功です」
「行き止まりで何回引き返しても負けではありません」
「迷路」とは「ゴールを目指す遊び」
「行き止まりの道」を選んだからといって失格になるわけではありません。
「間違った選択肢を選んだからレッドカードというルールは迷路には存在しません」

迷路で「間違った道を選び行き止まりになったらどうするのか」と言う人はいないでしょう。
「行き止まりの道を選びたくないから選択しません」と言う人はいますか。
いませんよね。
なぜならば、「行き止まりを選ぶことは全く問題無いから」です。
途中で何回も行き止まりを選んだとしても、最終的にゴール出来たなら全く問題ありません。

「迷路で行き止まりを選んだからという理由」で罰を与える人がいるならば、その人は「迷路」を理解していない。
その人の「知性」を疑います。

3、難しい迷路でもゴール出来る理由

「迷路」を楽しむときは「難しさ」を気にしないと思います。
仮に気になる人がいたとしても、「簡単な迷路でないと嫌だ」という人は少ないでしょう。
「迷路」は「娯楽」なので、「難しい」と感じたら遊ばなくても問題ありません。

楽しいと思うから「迷路」で遊ぶ。
遊んでみたいから「迷路」を選択する。
難しいことは何もありませんよね。
「娯楽」なので好きなときに好きなだけ楽しむことが出来る。

「難しい迷路」だと時間がかかるかもしれない。
そのようなときは、時間に余裕があるときに楽しめばいい。
「難しい迷路」でも「娯楽」として楽しめるでしょう。

「迷路を楽しみたい人」にとっては、「簡単だと退屈だ」と思うこともあるかもしれません。
最初に紹介した「非常に簡単な迷路(下の図C)」だと物足りない人もいるでしょう。
「簡単過ぎると退屈」になる「迷路」

迷路の絵

説明のために「迷路」を作ったのですが、「どこまで難しくするか」で結構悩みます。
「迷路」には「ゴールを目指す楽しみ」だけでなく、「迷路を作る楽しみ」もあります。
「色々な楽しみ方が出来る迷路」で息抜きをするのもいいですね。

  • 迷路の難しさを変える

「迷路の難しさ」を変えるときは、選択肢を増やすと良さそうです。
下の図で説明するなら「緑色の丸」と「矢印」の数を増やすと「難しい迷路」になるでしょう。
「難しい迷路」を作ろうとしても「迷路のルール」を考えると、そこまで難しいものは作れないかもしれません。(ただし、本格的な迷路は除く)

「迷路」で調べると「難しい迷路」というよりは「時間がかかりそうな迷路」という感じでしょうか。
「私」は「軽く遊ぶ程度」でいい。

迷路の絵

「迷路」は「ゴールを目指す遊び」なので、「ゴールに続く道」があれば「必ずゴール出来る」でしょう。
「迷路」で遊ぶときは「必ずゴール出来るか」を確認した方がいいです。
「絶対にゴール出来ない迷路」で「ゴールを目指す」のは時間がもったいない。

一般的に遊ばれている「迷路」は「ゴール出来る迷路」だと思います。
もし、「ゴール出来ない迷路」が存在したら、時間がいくらあっても足りませんよね。

「迷路で遊ぶ」ときは「ゴール出来る迷路なのか」を最初に確認することが非常に大切です。
確認しないと大切な時間が無駄になりますからね。

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  • 難しい迷路でもゴール出来る理由

「難しい迷路でもゴール出来る」のは「ゴールまで続く道」があるから。
「ゴールまで続く道がある」とは、「遊ぶ人がゴール出来るように作られている」ということ。
ここが非常に大事。

「遊ぶ人がゴール出来るように作られている」から「ゴール出来ます」
当たり前のことを言っていると思うかもしれませんが、これは非常に大事なことです。

「何が大事なのか分からない」と思う人もいるでしょう。
「ゴール出来る迷路」とは「遊ぶ人に楽しんで欲しい」という気持ちが詰まっているということです。

「遊ぶ人に楽しんで欲しいという気持ちが全く無い迷路」に出会うと、どうなるか分かりますか。
答えは簡単ですね。
「嫌な気持ちにしかならない」

「作る側」「迷路を提供する側」が「遊ぶ人の幸せを願う」から、「迷路を好きになる人」が出てきます。
「楽しい」と考える人が増えることで「迷路好き」が増えて、「迷路業界」が発展します。

もし、「迷路でゴールを目指すのが苦痛だ」と考える人が増えたらどうなるでしょうか。
「迷路で遊ぶ人」が減り、「迷路を知らない人」が増えるでしょうね。

ここまで説明すると何となく分かる人もいるかもしれません。
「難しい迷路でもゴール出来る理由」は、「迷路を作る側」が「迷路で遊ぶ人の幸せを願っているから」

「遊ぶ人への敬意がある」から「迷路好き」が存在する。
言い方を変えると「遊ぶ人への敬意が無い迷路」ばかりだと、「迷路で遊ぶ人」が減る。
「迷路」から離れる人が増えます。

「楽しい迷路」には「遊ぶ人への敬意や愛情」が詰まっている。

迷路に込められた敬意や愛情が、遊ぶ人をゴールまで導く。

難しい迷路でもゴール出来るのは、遊ぶ人の幸せを願う人が迷路を作っているから。
遊ぶ人への敬意や愛情が込められているから、難しい迷路でもゴール出来る。

4、迷路とサッカーの違い

「上達」や「成長」とは、「問題を解決出来る能力が付くこと」でしたね。
「迷路」とは「ゴールまで続く道を探す遊び」です。
「どの道がゴールまで続いているか」というのが「迷路の問題」です。

「どの道がゴールまで続いているか」という問題に「この道がゴールまで続いています」と答えることが出来たなら、「問題を解決出来る能力が付いた」と言えそうです。

「迷路」で「ゴール出来た」なら「上達した」「成長した」となります。
「迷路」で「ゴール出来た」なら「上達出来る人」「成長出来る人」になります。

「迷路でゴール出来る人」は「上達の仕方」や「成長の仕方」を知っていると言えます。
上の方で紹介した「迷路」で「ゴール出来た」なら、「サッカー」でも同じように「ゴール出来る」はずです。

「迷路で使った上達する方法や成長する方法」は「サッカー」でも使えます。
正確に表現するなら「上達や成長が出来る人」が「迷路」で遊ぶと、「ゴール出来る」となります。

上達成長する方法を立場の違う人が見ている絵

ここを勘違いしないようにしましょう。
「簡単な迷路」だから「上達や成長出来た」のではありません。
「上達や成長の仕方を知っている人」が「迷路」で遊んだから「ゴール出来た」
「上達や成長の仕方」とは「迷路だけで使われる知性」ではなく、「迷路以外のことでも使える知性」です。

「迷路でゴールする方法」は「迷路だけで使う特別な考え方」ではなく、「迷路よりも上の世界に存在する一般的な考え方」です。
理解に時間がかかるかもしれませんが、大事なことなので丁寧に説明します。

上達成長する方法を立場の違う人が見ている絵

「迷路でゴールする方法」が「迷路という世界」にあるのではありません。
「上達や成長の仕方」という「一番上のルール」が「迷路(遊び)という下の世界」に下りて来る。
この「迷路の世界に下りて来たルール」が「迷路でゴールする方法」と呼ばれます。

「上達や成長の仕方」は「一番上のルール」になります。
ここが大事。一番大事。

「上達や成長の仕方」という「一番上のルール」が「迷路という下の世界の遊び」に合わせて変化したものが、上の方で説明した「ゴールするまでの流れ」になります。

大事なので何度も確認します。
「上達や成長の仕方」という「一番上のルール」を使って「安全な問題を解決しようとする」のが「遊び(勉強)」と呼ばれるものです。

「迷路」は、「どの道がゴールまで続いているか」という問題への答えを見つける「遊び」

「学校の試験(テスト)」は、「与えられた問題」への答えを探す「遊び」

「サッカー」は、「勝て」という問題への答えを試す「遊び」

上達成長する方法を立場の違う人が見ている絵

全部同じです。
「迷路」や「試験勉強」、「サッカー」で「問題を解決出来る能力を身に付けること」が「上達や成長」と呼ばれます。
「競技」が違うだけで「遊ぶ人がすることは同じ」ですよね。

「迷路でゴール出来る人」は「上達や成長の仕方」を知っている。
「迷路でゴール出来る」なら、「サッカーでもゴール出来る」はず。
なぜならば、「迷路でゴールする方法」と「サッカーでゴールする方法(上手くなる方法)」は同じだからです。

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  • 迷路とサッカーの違い

「迷路でゴール出来る」なら「サッカーでもゴール出来る」はず。
「迷路」では「ゴール出来る」が「サッカー」では出来ないなら、何が原因か。

「迷路とサッカーは違うから」という考えもあるかもしれませんが、これは間違いです。
「迷路」も「サッカー」も同じです。

違いがあるとすれば「壁が見えるか見えないか」でしょうか。
「迷路」で「ゴールを目指す」ときは、当たり前ですが「ゴール」を探しますよね。
「ゴールを探す」とは「ゴールに続く道を探す」という意味。

「迷路」では「道」が、はっきりと分かります。
「どこに道があるか」や「そこが行き止まりか」を調べる時間はいらないでしょう。
「その迷路を初めて遊ぶ人」でも、「どこが道か」「そこが行き止まりか」は判断出来ます。

「どの道がゴールに続いている道か」を調べるのには時間がかかるかもしれませんが、「ゴール出来たこと」は、すぐに理解出来るはずです。

迷路とはゴールまで続く道が見えるサッカーのことであり、サッカーとは道や行き止まりが見えない迷路のことである。

「迷路」も「サッカー」も同じですよね。
「サッカーで上手くなる」のは非常に簡単。
「ゴールまで続く道」を見つければいい。
「迷路C(下の図の左)」のように簡単ですよね。

迷路の絵

5、迷路が透明だとゴール出来ないのか

上の方で「迷路」と「サッカー」は同じであると説明しました。
「ゴールまで続く道の色が違うだけ」で他は全く同じ。
「サッカーは透明な迷路である」と考えたら簡単ですね。

「ゴールまで続く道の色」は、何色でも良い。
「ゴールまで続く道が透明」でも全く問題ありません。

「道が透明だと困ります」という人はいますか。
「上達初心者や成長初心者」の中には、いるかもしれませんね。
上でも書きましたが「ゴールまで続く道が透明」でも心配する必要はありません。

「見えないと不安だ」という人は、いますか。
結構多いかな。
実は、「迷路」のように目で確認出来ることの方が珍しい。

「サッカーで声を出す」
「声」は見えますか。
見えませんよね。
「声が見えないので不安です」という人は、いますか。
いませんよね。

「焦りから周りを見る余裕が無い選手」に「味方」が「こっちにパス」と言う。
「ボールを要求する声」は見えませんよね。
見えませんが問題ありませんよね。

試合中に「味方と目が合う」
味方は「声」を出していないが、「自分と目が合ったあと」に「相手ゴール」に向かって走り出した。
「目が合った味方」に「パス」を出す。
「味方の声や考え」は見えませんが、問題ありませんよね。

「サッカー」では見えないことが当たり前。
「目で確認出来る」のは「サッカーボールと人間」ぐらい。
見えないものが多くても気にしませんよね。

ドリブルをするときに「ボールを動かす道に色を付けよう」と言う人は、いますか。
いませんよね。

「シュートコースは目で見えないから色を付けるべきだ」と言いますか。
言いませんよね。

見えなくても気にしないでしょう。
見えないのが当たり前ですからね。

見えなくても気にしないのは、「見えないのが当たり前」だから。
「見えなくても全く問題無い」からです。

「ゴールに続く道」が見えなくても大丈夫です。
全く問題ありません。
なぜ、全く問題無いと言えるのか分かりますか。

答えは簡単ですよ。
すでに見えているからです。
「今、見えていますよね」

「何を言っているのか分からない」
こう思う人もいるでしょう。
「サッカーおでん」は変なことばかり言いますから。

「サッカーでゴールに続く道」には色は付いていませんが、今、見えていますよね。
「何を言っているのか分からない」
いやいや、分かっているでしょう。
今、何を読んでいますか。

そうです。「サッカーおでん」を読んでいますよね。
「文字として認識している」でしょう。
見えていますよね。
最初から見えていたでしょう。

今、読んでいるのが「サッカーでゴールに続く道」です。
ここでは「迷路」を使って説明していますが、他の場所では「ボールの扱い方」として紹介しています。
他のところもおすすめです。(おでん式(日本式)キック実践編が特におすすめ)

「サッカーのルール」には「正しい蹴り方や正しい身体の使い方」はありません。
「今の蹴り方は間違っているからレッドカードだ」と言われることはないですよね。
「サッカー」は「点を取れ」としか言っていない。
「サッカー」は「自分の好き(蹴り方や攻め方、守り方等)」を発表する「遊び」です。

「サッカーおでんの考え」が間違っていると思うなら捨ててください。
サッカーは選手の考えが尊重されますから。
「自分の考え」を優先してください。

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  • 道が見えないなら見えるようにしよう

「迷路」で「ゴールまで続く道」が見えないとき、どうすればいいか。

答えは簡単です。
見えるようにすればいい。

「ゲーム機」で遊ぶ人は、「見えない道を見えるようにする方法」を知っているかもしれません。
「ロールプレイングゲーム(RPG)」や「アクションパズル系のゲーム」で出てきそうな印象ですが、「主人公」が目的地に向かう途中、「暗い部屋」を通らないといけないとします。(透明な床でもいいですよ)

「暗い部屋」を進もうとしても「道」が見えないため、「前に進んでいるのか」が分からない。
「行き止まりで足踏み」をしている気がするが、どうすればいいか。

「市販されているゲーム」は「ゴール出来るように作られている」ので、「ゲームを作った側」が「解決方法」を用意しています。
「部屋が暗い」なら明るくするといいですよね。
通常は「暗い部屋を明るくする方法」が用意されていることが多いです。

「ろうそく」や「照明(ランプ)」、「たいまつ」が多いでしょうか。
「ゲームを作った側が準備した方法」で「見えない道」を見えるようにします。

「透明で見えないもの」があるなら、「水」を使うのもいいでしょう。
「漫画やアニメ」等で「主人公」が「透明な相手」と戦うとき、「相手の位置」が分からないと攻撃出来ません。

「相手の位置」を知るために「水」を地面にまくことで、「相手の足跡」が分かります。(雨が降り相手の位置が分かる場合もある)
「透明な相手」を「水」で濡らしたら、「砂」や「小麦粉」等をかけるのもいいですね。
「透明な相手」に「目印」を付けることで、「相手の位置」を確認出来ます。

「犯人を捕まえる方法」にも似たような考えがあります。
「顔を隠した犯人」に「目立つ色」を付けることで逮捕がしやすくなる。
「簡単には落とせない特殊な塗料(インク)」を「犯人」に付けることで逮捕が早くなります。

「犯人」の場合は姿が見えていますが、「顔を隠していること」を考えると「透明」であるとも言えそうです。

「見えないもの」を知る方法は珍しくない。
上で説明したものは特別なことではありませんよね。
日本人が知っていることが多いはずです。
日本人にとっては普通のことですよね。

「見えないもの」は見えるようにすればいい。
非常に簡単なことです。

「見えないもの」を完璧に見る必要はありません。
「そこにある」と確認出来れば大丈夫です。

「迷路が透明」でも「そこが行き止まりか」を判断出来れば「ゴール出来ます」
「サッカーで上手くなれない」のは、なぜなのか。
その理由を「迷路」が教えてくれます。
実は上の方で、すでに説明していたのですが気付いていましたか。

「透明な迷路」でも「ゴール出来る」
「道がどこにあるか」「どこが行き止まりか」を確認出来れば、「透明な迷路」でも問題無く「ゴール出来る」

6、迷路で学ぶ上達や成長が早い人の特徴

「迷路でゴール出来る人」は、「サッカーでも上達や成長が早い」はず。
「迷路」では「ゴール出来る」のに「サッカー」では思うように上達出来ない、成長出来ないのはなぜか。

「迷路」で確認しましたね。
「上達出来ない」「成長出来ない」のは、「ゴールまで続く道を見つけられない」から。

「迷路」では「ゴールまで続く道」を見つけられるのに、「サッカー」では見つけられないのはなぜか。
答えは簡単です。
「自分がいる場所」を認識出来ていないから。

「迷路でゴールするまでの流れ」を、もう一度確認します。
下の図左の迷路(C)を使います。

迷路の絵

「迷路C(上の図左)」で「ゴールまで続く道」を探すときに何をしたか。
簡単に説明すると「スタートから進む」、「緑色の丸」で「矢印」を選ぶ。

「赤色の矢印」を選ぶと「行き止まり」でした。
「行き止まり」は「ゴールまで続く道ではない」ので「別の選択肢」を試します。

「青色の矢印」を選ぶと「ゴール出来た」
「青色の矢印」を選ぶと「ゴールまで続く道」が見つかります。

最初に「上達や成長は問題を解決出来る能力が付くこと」と決めました。
「上達出来ない」「成長出来ない」とは「問題を解決出来る能力が足りない」という意味になるでしょうか。

「迷路」で「問題を解決出来る能力が足りない」とは「ゴール出来ない」という意味です。
では、「迷路でゴール出来ない」とは、どのような状態なのでしょうか。
「迷路(C)」で再現してみます。

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  • 迷路でゴール出来ないとは
迷路の絵

「迷路C(上の図左)」を使って、「迷路でゴール出来ない人」を考えます。
「緑色の丸(上の図ア)」「青色の矢印」を選択すると「ゴールまで続く道」になります。
「ゴール出来ない」とは「ゴールまで続く道を選ばない」という意味になるので、「青色の矢印」を選ぶのは違いますね。(通常の遊び方では正解です)

「迷路C(上の図左)」で「ゴールまで続かない道」とは「行き止まり」である「赤色の矢印」のこと。
「赤色の矢印」を選ぶことで「迷路でゴール出来ない人」を再現出来ます。

「迷路C(上の図左)」では「赤色の矢印」が「行き止まりである」と理解出来るので、別の選択肢を試すのが自然です。
「迷路でゴール出来る」のは「行き止まり」を見つけたら「別の選択肢を試す」から。
これは、非常に大事。

「迷路でゴール出来ない」とは「青色の矢印」を選ばないということ。
「赤色の矢印」を選び続けると、「迷路をゴール出来ない人」になります。

答えが出ましたね。
「迷路でゴール出来ない」とは、「行き止まりを選び続ける」ということ。
「迷路でゴール出来ない」とは、「上達しない」「成長しない」という意味でした。

「迷路でゴール出来ない」を「サッカー」で表現すると次のようになります。

「サッカーでゴール出来ない」とは、「行き止まりを選び続ける」ということ。
「ゴール出来ない」を「上達出来ない」「成長出来ない」に変えると、より理解しやすいでしょう。

「サッカーで上達や成長出来ない」とは、「行き止まりを選び続ける」ということ。
「上手くなれない理由」が見つかりましたね。

「サッカーが上手くならない」のは、「行き止まりを選び続けている」から。
「行き止まり」とは、「そこから先に道はありません」という意味。
その場で「足踏み」することは出来ても、「それ以上、前に進むこと」は出来ませんよね。
難しいことは何も言っていませんよね。

「上達しない」「成長しない」と感じるなら、「行き止まりで足踏み」をしていないか確認した方がいいでしょう。

行き止まりは、何年経っても行き止まり

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  • 上達や成長が早い人

「迷路」を使うと「上達や成長が早い人」を理解しやすいでしょう。
「迷路」で「上達や成長が早い」とは、「ゴールするのが早い」となるでしょうか。(上達や成長とはゴール出来るという意味だから)

「迷路でゴールするのが早い人」は、「ゴールまで続く道を見つけるのが早い人」と言えるでしょう。
「ゴールまで続く道を見つけるのが早い」とは、「失敗しないという意味ではありません」
「行き止まり」だと理解してから「引き返すまでが早い」という意味です。(修正が早い)

「迷路でゴールするのが早い人」とは、「行き止まりで引き返すまでが早い人」のこと。
「行き止まりで引き返すまでが早い」とは「行き止まりで足踏みをしない」ということ。

「迷路の行き止まりで足踏みをする人」は、いますか。
いませんよね。

なぜ、「迷路の行き止まりで足踏みをする人」は存在しないのか。
答えは簡単です。
そこが「行き止まり」であると認識出来るから。

「行き止まり」は何年経っても「行き止まり」
「行き止まりの意味を理解していない人」だけが「行き止まりで足踏み」をする。

「上達や成長が早い人」とは「行き止まりで足踏みをしない人」でした。
「行き止まりで引き返すまでが早い人」が、「上達や成長が早い人」の特徴です。
これは、「サッカー」でも同じことが言えます。

  • サッカーで上達や成長が早い人とは

「サッカーで上達や成長が早い人」とは、「行き止まりで足踏みをしない人」です。
「行き止まりで引き返すまでが早い人」が「サッカーの上達や成長が早い人」でしょう。

「行き止まり」は何十年経っても「行き止まり」
「これをすれば上手くなる」と言われていることを「何十年も続けている」のに上手くなれないのなら、その「上手くなる方法」が「行き止まりで足踏みする方法」かもしれない。

「行き止まりで足踏みする方法」を何十年続けても、前には進めません。
「行き止まりで足踏みする方法」とは「ゴール出来ない方法」であり、「ゴールに続いていない道」である証拠です。
自分が続けている方法が「行き止まりで足踏みをする方法」ではないか。
この発想が出来ない人(プロも含む)は、「サッカーで上達や成長すること」は無いでしょう。

「私」は「大学」から「サッカー」を始めました。
「周り」を見て、「自分好みのボール」を探す。
「日本代表」だけでなく「ブラジル代表」も確認する。
「欲しいボール」が決まったら、「私好みではないボールを蹴る人」に質問する。

「ボールを蹴るときに気を付けていることは何か」
この「質問への答え」が「私にとっての行き止まり」
「私にとっては行き止まり」でも、「相手にとっては正しい道」です。(好みが違うだけ)

「私が欲しいボール」とは「無回転やドライブシュートのような強烈なシュート」
「私の質問に答えてくれた相手が使うボール」は「逆回転のシュート」
「私」は「サッカーという透明な迷路」を遊ぶために「行き止まり」から探した。

「私にとっての行き止まり」を知ることで、「ゴールまで続く道」が分かる。
「サッカーではゴールまで続く道」は見えないが、「行き止まり」を知ることで見えるようになる。

「行き止まりでは無い道」が「私にとってのゴールに続く道」
「私にとっての行き止まり」とは、「身体の使い方」
「私にとってのゴールに続く道」とは、「ボールの扱い方」

「私」は「ボールの扱い方」を「サッカーおでん」と呼んでいます。
このサイトが「サッカーおでん」という名前なのは「ゴールに続く道」だから。
「私の貧しい人生経験と控えめな知性」を詰め込んだものが「サッカーおでん」です。

「サッカーおでん」は「マラドーナ選手(アルゼンチン代表)」や「ロナウド選手(ブラジル代表)」等の技術を説明出来るもの。
「サッカーおでんの絵(下の図右側)」も、「ボールの扱い方」を目で見えるようにしたもの。
「偉大な選手」が自分に自信を持っているように、「私」も自分の技術や知性に自信を持っています。

サッカー風に変えたおでんの絵

「サッカー」は「肩書」でするものではない。
サッカーがサッカーを愛そうとした人を愛するように、サッカーボールもまた、サッカーボールを愛する人を愛す。
「南米や欧州のプロ」を見ても、特別上手いとは感じない。
「不器用な世界では上手い」のかもしれないが、「器用な世界で生きる日本人」にとっては、追い抜けない上手さではないでしょう。

「器用な世界の住民である日本人」と、その他の人々。
「器用(日本人)」対「不器用(日本人以外)」の勝負になるでしょう。
「日本人」は存在自体が反則だと思います。

「日本がW杯最多優勝国になるため」に「サッカーおでん」を作りました。
「W杯最多優勝国(男女)」になるとは、「ブラジル代表」をも圧倒するという意味です。
「追いつく」ではなく、「圧倒する」
そのための「サッカーおでん」です。

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  • サッカーおでんを手に入れるはずだった人

「サッカーおでん」は本来なら日本人選手が持つべき技術。「私」のような初心者が持つのではなく、心に日の丸を付けている日本人選手が持つべきもの。

日本代表だけでなく、Jリーグや海外のリーグで日の丸を付けて戦う日本人選手や、「プロではない世界」で頑張る日本人選手達が持つべきもの。

「私」のように「プロになることに全く興味が無い人間」よりも、「プロになった人」や「プロを目指している人」の方が、「サッカーおでん」を持つのにふさわしいと思っています。

「私」は「大学」から「サッカー」を始めた。プロには全く興味が無かった。そんな「自称初心者の私」が持つには、あまりにも大きすぎる。

苦しい状況でも頑張っている人にこそ、「サッカーボールに愛される幸せ」を知って欲しい。

「他者への敬意を忘れない日本人選手」にこそ、「サッカーの楽しさ」を味わって欲しい。

他では語っていませんが、本音を言うと少し困っています。「ゲーム」で例えると伝わりやすいでしょうか。

本来なら勇者のためにある伝説の武器を、「ここはサッカーおでんだよ」としか言わない村人が装備してしまった感じ。
しかも、はずせない。

「どうしよう……」というのが本音。
「強くする相手」を間違っていないか。
「上手くなるべきなのは私ではない」

「絶対に開けられないと言われている宝箱」で遊んでいたら、開いてしまったような感じ。
非常に、きまずい。
中身を少し見て、カギをかけ、もとの位置に戻す。
誰かが開けることを強く願う日々。

「ボールの扱い方」をどんなに説明しても、「身体の使い方に走る人」ばかりで頭が痛い。
「私」は、どうすればいいのだろうか。
絶望的な状況だ。

指導者の過去の発言や日本人選手のシュートから、指導者の能力(元プロも含む)はある程度予想出来ていたが、私が想像していた以上に酷かった。
サッカー指導者(元プロも含む)は、もう少し賢いと思っていた。

気絶しそう。

「私」が話しかけていた相手は「宇宙人」だったのだろうか。
「人間」は、どこにいるのか。
私の目では、寂しさしか見つけられない。

「サッカーが嫌いな人」しか、いないのか。

いつか「サッカー好き」が「サッカーボール」を発見出来たときのために、ここに愛され方を残しておこう。
役に立つといいな。

  • 村人の仕事

村人は、伝説の武器のありかを勇者に伝えるために存在する。

装備するときに名前を変えてもらおう。それまでは「サッカーおでん」が仮の名。

名が残らぬことが、日本人に溶け込んだ証。

英雄の名だけ残ればいい。

最強装備は英雄のためにある。


そこらへんに転がっていた装備品が、伝説の武器とは思わなかった。

私は、散るのが仕事。

7、透明な迷路には敬意と自信が必要

「透明な迷路」に挑むときは、「ゴールまで続く道」を見つけるために「行き止まり」から探します。

最初から「ゴールまで続く道を探せばいいのでは」と考える人もいると思います。
「通常の迷路」では「ゴールまで続く道」が見えるので最初から探すことが出来ますが、「サッカー」のように「透明な迷路」では「ゴールまで続く道が見えない」ため、「行き止まり」から探した方が早いです。

行き止まりでは人が残り続けますが、ゴールまで続く道には人が残りません。
なぜならば、ゴールまで続く道を見つけた人は喜んでゴールするから。
渋滞している道路には自動車が残りますが、空いている道路には自動車が残らないのと同じです。

「透明な迷路」では「ゴールまで続く道」は見えませんが、「行き止まり」は見えることが多い。
「行き止まりは絶対に見える」というわけではありませんが、周りを見ることで「行き止まり」を見つけられることが多いです。(ボールの回転が行き止まりを教えてくれる)

「透明な迷路」は「道が透明」なのですが、見える部分もある。
「どこが見えるか」分かりますか。
上の方で「透明な相手を倒す方法」を紹介しましたが、考え方は「水を使う方法」に似ています。

「見えないもの」を見るために、「見えるもの」を利用する。
この考えを使います。
「サッカー」で「見えるもの」が2つありました。
「サッカーボールと人間」です。
この2つを使って「サッカーの行き止まり」を探し出し、「残された道」を「ゴールまで続く道」だと判断します。

想像力を働かせる
「通常の迷路」で遊んでいる人がいるとします。
指先で選択した道をたどり、「通常の迷路」を攻略しようとする。
あるとき、「遊ぶ人の指が止まった」
何が起きたか想像出来ますか。

「遊ぶ人の指が止まる」とは「それ以上進めない」ということ。
「行き止まり」か「ゴール」か。どちらかです。
相手が嬉しそうな顔をしていたら「ゴール」
相手が「指を戻すような動き」をしたのなら、「行き止まり」だったと言えます。

「通常の迷路」が自分から見えない場所にあったとしても、「相手の反応(指や表情等)」から、「通常の迷路の道」を想像出来ます。
これと同じことを「透明な迷路」ですれば、「透明な行き止まり」を見つけられます。

「透明な迷路で行き止まりを探す」ときは、「人間」を使います。
漫画やアニメでは「水を使って透明な相手を攻略」しました。ここでは「人間を使って透明な迷路を攻略」します。

初めて「透明な迷路で遊ぶ人」でも安心出来るように少し工夫します。
「透明な迷路」では難しく感じる人もいると思うので、地面に「大きな迷路(下の図F)」が描かれているとしましょう。

座っている人から見えない位置にある大きな迷路を説明した絵

「大きな迷路」は自分がいる場所(上の図Eのオレンジの椅子)よりも高い位置にあるとします。(上の図Eの赤い矢印)
「自分(上の図Eの灰色の服)」からは「大きな迷路」を見ることは出来ませんが、「遊ぶ人(上の図Eの青色の服)」からは見えるとします。

学校で考えるなら「校長先生」が「高いところで話している」ところを想像してください。
「校長先生」は見えるが、「校長先生が立っている場所の床」は見えない。
こう考えると「透明な迷路(または大きな迷路)」を想像しやすいでしょうか。

「大きな迷路」のルール。
「大きな迷路」では、前に進むことは出来るが、後ろに戻ることは出来ない。
「大きな迷路」では後ろに戻ることは出来ないため、「行き止まり」を選んでしまうと「足踏み」しか出来ない。

「大きな迷路」で足踏みする理由

「大きな迷路」を多くの人が遊んでいる。
「ある人」が「特定の場所」で「足踏み」をしている。
このとき、何が起きていると予想出来るか。

座っている人から見えない位置にある大きな迷路を説明した絵

「大きな迷路」は「遊ぶ人(上の図Eの青色の服)からは道が見える」が、「椅子に座った人(上の図Eの灰色の服)」からは「道が見えない」
「大きな迷路」では「前進は出来るが引き返すことは出来ない」ことから、「ある人が特定の場所で足踏みをしている」のは、おそらく「行き止まり」を選択してしまったから。(ゴールした場合は笑顔や動き等で判断出来るものとする)

どこが行き止まりか

「椅子に座った人(上の図Eの灰色の服)」からは「大きな迷路」は見えませんが、「遊ぶ人(上の図Eの青色の服)の反応」で「行き止まりの場所」を予測出来ますね。
「道や行き止まりが見えない」場合でも「どこが行き止まりか」は想像出来ます。
「大きな迷路を遊ぶ人が足踏みを続ける場所」が「行き止まり」だと判断出来ます。

「相手の反応から予測する」という考え方は非常に大事です。
試合中に相手の反応を確認する。
自分の攻撃が通用しているか、自分の守り方が効果があるのか、相手の反応から予測出来ます。

「表情に出る」という言葉があります。
「嬉しいことがあった人」は「幸せな顔」をしていることが多い。
「悲しいことがあった人」は「暗い表情」をしていることが多い。

「相手の気持ち」は見えないものですが、「相手の反応」から見ることが出来ます。
人間関係も「透明な迷路」と言えるでしょう。

「怒りやすい人」は非常に観察しやすいです。
対戦相手が「感情表現が豊か」な場合、「相手で実験」するといいです。
「自分のサッカーが通用している」なら、相手が不機嫌になります。
「自分のサッカーが通用していない」なら、相手は嬉しそうな顔をするでしょう。

「感情表現が豊か」というのは素晴らしい部分もありますが、「実験台にされやすい」という大きな欠点もあります。
「ブラジル代表」が分かりやすいでしょうか。
「観客やブラジル人選手の反応」で「日本人選手の能力」が判断出来ます。
数字ではブラジル代表が良かったとしても、「ぎりぎり勝てた」という表情をすることがあります。

「上を見た選手」ほど、「日本人選手の怖さ」を理解出来ると思います。
「能力を全て使うブラジル代表」と「能力を少ししか使わない日本代表」
対戦した相手ほど怖いと思います。

「相手が足踏みしているのはなぜか」
こう考えることで「相手や自分がいる場所」を予測出来ます。
自分が上手くならない理由を、周りの反応から予測するのもいいでしょう。

周りの反応から自分の状況を予測するのは、自分の帽子は確認出来ないが、周りの反応(発言等)を利用することで自分の帽子の色を判断する問題に似ていますね。「帽子の色 問題」で検索すると出てくると思います。

サッカーの試合で考えるなら、相手DFの身体の向きからゴールの位置を探す方法でしょうか。(ただし、相手が上手い場合のみ)

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  • ゴールするまでの流れを簡単な表現にする

「透明な迷路」で「ゴール」するために、「通常の迷路(下の図C)」で「ゴールするまでの流れ」を確認します。

「簡単な迷路(下の図C)」で「ゴールするまでの流れ」
「スタート」から進み「緑色の丸(下の図ア)」で「矢印」を選択し、「ゴールまで続いている道」ならそのまま進み、「行き止まり」なら「もう一つの選択肢」を試す。

迷路の絵
  • 「簡単な迷路(上の図C)」で予測出来る2つの行動
  • 「緑色の丸(上の図ア)」「青色の矢印」を選び「ゴールまで続く道」を進む
  • 「緑色の丸(上の図ア)」「赤色の矢印」を選び「行き止まり」になるが「引き返し」て「青色の矢印」を選びゴールする

上の2つの行動が考えられます。
上の文章では長いので、短くするために表現を変えます。

「緑色の丸(上の図ア)」「青色の矢印」を選び「ゴールまで続く道」を進む

「緑色の丸(上の図ア)」を「選択する場所」に、「青色の矢印」を「ゴールまで続く道」に変更。
さらに、文章を短くすると次のようになる。
「選択する場所」で「ゴールまで続く道」を選ぶ。

「選択する場所」で「ゴールまで続く道」を選ぶ。

次は、もう1つの文章を短くします。

「緑色の丸(上の図ア)」「赤色の矢印」を選び「行き止まり」になるが「引き返し」て「青色の矢印」を選びゴールする

「緑色の丸(上の図ア)」を「選択する場所」に、「赤色の矢印」を「行き止まり」に、「青色の矢印」を「ゴール」にする。
さらに、文章を短く整える。
「選択する場所」で「行き止まり」を選んだが、「引き返し」てゴールする。

「選択する場所」で「行き止まり」を選んだが、「引き返し」てゴールする。

長い文章を短く出来ました。
短くした文章を使って「透明な迷路のゴールの仕方」を説明します。

  • ゴールするまでの流れ
  • 「選択する場所」で「ゴールまで続く道」を選ぶ。
  • 「選択する場所」で「行き止まり」を選んだが、「引き返し」てゴールする。

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  • 透明な迷路を攻略するために必要なもの

上の方で「大きな迷路」を紹介しました。
「大きな迷路」は「透明な迷路を攻略するため」の予行練習です。
では、本番である「透明な迷路」に挑みましょう。

「透明な迷路」で「ゴールする」には、「敬意の払い方」を覚えないといけません。
「敬意の払い方を覚える」とは「日本人選手へ敬意を払う」という意味です。
非常に簡単なことですが、指導者は出来ない人が多いですね。
指導者ほど「東アジア原産の日本人差別」をすると思うので、いつまで経っても上達や成長することは無いでしょう。

大事なことなので「敬意の払い方」の確認をしておきます。
「敬意を払う」と聞くと、「周りへの敬意」を想像するでしょうか。
たしかに「周りへの敬意」は大事ですが、これだけでは「敬意の払い方」を知っているとは言えません。

「敬意の払い方」が「相手への敬意」だけで成り立つなら、「リスペクトのしすぎ」という表現は存在しません。
「リスペクトのしすぎ」とは「相手に敬意を払い過ぎた」という意味です。
「払い過ぎ」というのは、「正しい量よりも多い」ということ。
「払う必要のない敬意まで使った」という意味です。

「敬意の払い方」を知っているとは、「相手だけでなく自分自身への敬意も忘れない」ということ。
「相手に敬意を払う」のは素晴らしいことですが、「自分への敬意を忘れる」と「敬意の払い過ぎ」になります。
「リスペクトのしすぎ」とは、「自分自身への敬意が足りない」という意味です。

「透明な迷路」で「ゴールする」には「敬意の払い方」を覚えないといけません。
敬意の払い方を知らない人ほど、行き止まりで足踏みした時間を自慢する。

「行き止まりで足踏みをしている年数を自慢する」のは、賢いとは思えない。
「周りへの敬意が足りない人」ほど、「足踏み歴の長さ」を自慢しますよね。
「足踏み歴が長い人(元プロも含む)」ほど、「自分より下だと勝手に思い込んでいる相手」を馬鹿にするでしょう。

「ゲーム」では「初心者狩り」、「雑魚狩り」と呼ばれることがあるようです。
「サッカー」でも「初心者狩り」がありますよね。
いつまで経っても下手くそなままの人が「初心者狩り」をする。
「初心者狩り」の中に「元プロ選手」がいたとしたら頭を抱えますよね。

「こんなのでもプロになれるのか」
そう思います。
「プロの肩書」が安っぽく見える。

「肩書」で上手さは決まりませんよ。
サッカーとは違う世界のプロが話していましたが、「プロよりも優れているアマチュア」は存在しますからね。(ここでは何が優れているかは気にしない)
「上を知っているプロ」ほど「アマチュア」に敬意を払うと思います。
「プロ」は「プロの欠点」を知っていますから。

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  • 敬意の払い方を覚えることが透明な迷路を攻略する秘訣

「透明な迷路」で結果を出すには、「敬意の払い方」が必要でした。
「敬意を払う相手(対象)」は2つありました。
「相手(周り)と自分」ですね。
この2つに敬意を払えないと上手くなれない理由を説明します。

上の方で短くした「ゴールまでの流れ」を使います。
「ゴールまでの流れ」は2つ。

  • 「選択する場所」で「ゴールまで続く道」を選ぶ。
  • 「選択する場所」で「行き止まり」を選んだが、「引き返し」てゴールする。

「選択する場所でゴールまで続く道を選ぶ」には、自分の判断を信じる力が必要になります。
たとえ正しい道を選んでいたとしても、ゴールが見えてこないと自分の判断が正しいのか不安になります。

もしかしたら間違った道を選んでしまったのではないか。
こう考えるようになると「ゴールする前に諦めてしまう」
自分の判断を信じて前に進むには、「自分自身への敬意」が必要になります。

「自分の判断」を信じるために必要になるのが「自分自身への敬意」です。

自分自身への敬意が歩き続ける力を生み出します。


  • 「選択する場所」で「ゴールまで続く道」を選ぶ。
  • 「選択する場所」で「行き止まり」を選んだが、「引き返し」てゴールする。

「選択する場所で行き止まりを選んだが、引き返してゴールする」でも、自分の判断を信じる力が必要になります。
この場合は、一度行き止まりを選んでしまっているため、自分の判断を信じるのが難しくなりやすいです。

一度間違ったから、また間違うのではないか。
この不安に打ち勝つために必要なのが、「自分自身への敬意」です。
失敗した自分を、もう一度信じられるか。

前に進めなくなったとき、行き止まりだと判断出来るか。
「ここまで来たのだから引き返すことは出来ない」と思ってしまわないか。
一度失敗してしまうと、行動するのが怖くなります。
その恐怖に打ち勝ち、選択する場所に引き返すという決断をするには、「自分自身への敬意」が必要になります。

間違った道を引き返すという行為は、精神的にも非常に辛いものがあります。
苦しみに耐えながら選択する場所に戻れるかは、「自分自身への敬意」が足りているかで決まります。

引き返す途中で周りに厳しい言葉を投げつけられるかもしれません。
普通の人なら諦めてしまうような苦しい状況でも、絶対にゴールするという強い気持ちを持ち続けられるのは、「自分自身への敬意」が足りているからです。

ときには諦めるという選択が正しいこともありますが、生命や選手生命に影響が無い場合は前に進むのもいいでしょう。(ただし、無理をしたらいけませんよ。命を大事にしましょう)

「苦しみから心を守ってくれる」のが「自分自身への敬意」です。

自分自身への敬意が立ち続ける勇気を生み出します。

今までの説明で「敬意の払い方」が大事であると分かるでしょう。
「敬意の払い方の説明が足りないのでは」と思う人は正解です。
「敬意を払う」のは「自分自身だけ」ではありませんよね。
「相手への敬意」もありました。

ここまでの説明では「自分自身への敬意」しか扱われていません。
このままでは「相手に敬意を払う意味」が伝わらないでしょう。
「自分自身への敬意だけで十分では」と勘違いしてしまう人もいるかもしれません。
次は、「他者への敬意、相手への敬意、周りへの敬意」が大切な理由を説明します。

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  • 相手への敬意が大切な理由

「相手への敬意」が大切な理由を説明します。
「相手への敬意」は何を生み出すのか。
その答えは、成功者の話にあります。

「成功するまでに親子3代必要だ。」
たしか、このような表現だったと思います。
どこで読んだ情報か忘れたため、正確な表現ではないかもしれません。
ただ、内容は頭の中に入っているので問題無いでしょう。
私の記憶ではブラジルに関連した情報だったはず。(自信は無い)

ブラジル人がサッカーで成功するまでの話か、日本人がブラジルで成功するまでの話かだったはず。
何の話だったかは重要ではないので説明に入ります。

「成功するまでに親子3代必要」
何かで成功するまでの話を聞いた。(何で成功する話かは覚えていない)
新しいことを始めたとき、最初は思うように出来ない。
新しいことを始めた世代が人生をかけるが、成功出来ない。
何も分からない状態で始めたため、何からすればいいか、何が必要なのかが全く分からない。

第一世代は成功出来ずに終わる。

第一世代は何から始めたらいいか分からなかったが、子供世代は親世代よりも少しだけ知識がある。
第一世代が人生をかけて得た非常に少ない知識を頼りに、子供世代は成功出来るように努力する。
子供世代は親世代が残した少しの知識を使って努力するが、親世代よりも知識が増えた状態で終わる。
子供世代は親世代よりも成功に近付いたが、それでも成功したとは言えない。

第二世代は、第一世代から受け継いだ少ない知識を持った状態で始めるが、成功出来ずに終わる。

「第一世代が一生をかけて得た少ない知識」をもとに第二世代は成功に近付くための方法を探すが、間違いしか分からなかった。

第三世代になると、第一世代の知識と第二世代が得た情報を最初から持った状態で始めるため、成功する人が出てくる。
第三世代は第一世代が得た知識と第二世代が得た間違いから、成功に続く道を見つける。

第三世代は、第一世代と第二世代が得た知識や経験をもとに成功出来た。

この話が「敬意を払う意味」を教えてくれます。
「相手に敬意を払うこと」が成功への近道であると教えてくれますね。
第一世代から第三世代までの話は、まさに「知性と敬意の塊(かたまり)」です。


第一世代から第三世代までの話を短い文章にします。
第一世代を親に、第二世代を子供に、第三世代を孫にします。

親は少しの知識を得た。親が得た少しの知識で子供は間違いを探す。孫は残された選択肢を試し成功する。

親から孫までの文章を読んで、「ああ、なるほど」と、なりませんか。
読む人にまで「敬意」が伝わりますね。

説明しないと意味がないので、「親から孫までの話」を「迷路」で解説します。
「迷路」で説明すると、「迷路でゴール出来る人はサッカーでもゴール出来る」という意味が分かると思います。
また、「相手への敬意」が大切な理由も深く理解出来るでしょう。

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  • 誰に敬意を払うか

誰に「敬意」を払いますか。
「優れている人」「頑張っている人」「周りを傷付ける人」の中から選んでください。

「私」なら「頑張っている人」に「敬意」を払います。
「優れている人」の「人格も優れている」なら「敬意」を払うでしょう。
「周りを傷付ける人」に「敬意を払うことは無い」

「私」が「敬意を払う」のは「頑張っている人」
「人格が優れている」なら「能力に関係無く敬意を払います」

「何かの能力が高い人」でも「人格がダメ」なら「敬意を払う相手として選びません」

一般的には「素晴らしい人」に「敬意を払う」でしょう。(ただし、何が素晴らしいかは、ここでは考えないものとする)
「素晴らしい人」とは「正直な人」としましょう。
「素晴らしくない人」とは、「嘘ばかり言う人」とします。

「成功するまでに親子3代必要」という話。
第一世代を親、第二世代を子供、第三世代を孫と呼びました。
孫が成功出来たのは、親や子供(孫の親)が成功に続く道を見つける手助けをしたから。
子供(孫の親)が孫の成功を手助け出来たのは、親が存在したから。
成功したのは孫ですが、親や子供(孫の親)も成功したと言えます。

親世代は少ししか知識を得られなかったのなら、役に立っていないのではないか。
こう考える人もいるかもしれません。

たしかに、親世代が得た知識は非常に少ないのですが、親世代の知識があったから孫世代が成功出来ました。
親世代の少ない知識が無ければ、孫世代が成功することはなかったでしょう。
なぜ、親世代の少ない知識が必要なのか。
その答えは、「迷路」が教えてくれます。

親世代が得た少ない知識とは、「迷路のルール」です。
上の方で「迷路でゴールするまでの流れ」を説明しましたが、「迷路とは、どのような遊びか」という詳しい説明はありませんでした。
この「迷路とは、どのような遊びか」という知識が、親世代が得た非常に少ない知識になります。

親世代が得た非常に少ない知識とは、「迷路のルールや遊び方」です。
「迷路のルールや遊び方」を知らないと、「迷路でゴールすること」は出来ない。
そう考えると、親世代が得た知識は非常に少ないのですが、子供や孫が成功するために力強い後押しをしたと言えるでしょう。(一番地味な作業)

親世代が得た少ない知識を子供や孫が信じるのはなぜか。
なぜだか分かりますか。

答えは簡単ですね。
親を信頼しているから。

「自分が尊敬する人」や「敬意を払う相手」の話は信じますよね。
「相手を信頼している」から、その人の発言を信じる。
親を信頼しているから、親世代が得た少ない知識をもとに子供や孫が行動出来る。

もし、親が信頼されていないとしたら、子供や孫は何をするでしょうか。

「私の親は嘘しか言わない」と考える人が何かを始めるとき、親の発言が正しいか確認することから始めるでしょう。
なぜならば、親が本当のことを言っているのか分からないと、その後の行動が決められないからです。

たとえば、「迷路C(下の図左)」でゴールを目指すとき、親が正しいことを言うかどうかで、子供や孫が成功するまでの時間が変わります。

迷路の絵

「赤色の矢印」を選択した親が信頼出来るかどうかでゴールするまでの時間が変わる例。

親が正直な場合
親が正直な場合、「赤色の矢印」は「行き止まり」だったと言います。
子供は親の発言を信じて「青色の矢印」を選択し、子供世代でゴール出来ます。

親が嘘つきの場合
親が嘘つきの場合、「赤色の矢印」は「ゴールまで続く道だ」と言います。
子供は親の発言を信じて「赤色の矢印」を選択しますが、子供世代ではゴール出来ません。

親が信頼出来るかどうかでゴールするまでの時間が変わるなら、子供や孫は困りますよね。
同じような努力をしているのに、信頼出来ない親を持つ子供はゴール出来ない。
このようなことが、「サッカー」でも起きているかもしれない。
「サッカー選手の親」とは、「サッカー指導者」のことです。保護者のことではありません。

親を信頼しているから、子供は親が得た少ない知識を信じて前に進む。
子供世代が選択肢を減らすことで、孫世代が成功出来ます。
この「相手を信頼すること」が「相手への敬意」になります。

「尊敬している相手の発言」を「信じる」ことで、ゴールを目指そうとする。

親は、子供や孫の苦労を減らそうとした。
子供や孫の苦労を減らそうとするのは、子供や孫の幸せを願うから。
相手の幸せを願う親がいるから、子供世代や孫世代が成功出来ます。

親が少しでも知識を集めようとするのは、子供や孫の苦労を減らすため。
子供や孫の苦労を減らすのは、親が「相手の幸せを願う」から。
「相手の幸せを願う」とは「相手に敬意を払うこと」
「相手への敬意」が子供や孫の苦労を減らし、幸せを増やす。

親が得た少ない情報を信じるのは、ムダな苦労を減らすため。
ムダな苦労を減らせるのは、「相手を信頼する」から。
「相手を信頼する」とは「相手に敬意を払うこと」
「相手への敬意」が選択肢を減らし、成功する可能性を増やす。

子供や孫の幸せを願う親と、親を信じる子供や孫。
お互いに「敬意を払う」から成功出来る。

「相手への敬意」は選択肢を減らすためにある。
相手が話す内容を信じて選択肢を減らす。
「迷路」では「行き止まり」が分かりますが、「透明な迷路」では分からない。

「透明な迷路の行き止まりで足踏みをしている人」を信じて、違う選択肢を選ぶ。
「透明な迷路」には「ここが行き止まりです」とは書いてありません。
また、「ここがゴールです」とも書いてありません。

「透明な迷路に挑んだ人」を信じられるかどうかで、ゴールするまでの時間が決まります。
「挑んだ人を信じる」とは「相手に敬意を払う」ということ。

「挑んだ人は欲しいもの」を得られたのか。
もし、得られたのなら、そこがゴールです。
まだ得られていないのならば、そこはゴールではありません。

「自分よりも先を歩いている人」を信じるか。
「先を歩いている人」に「敬意を払えるか」で、ゴールするまでの時間が変わります。

何十年も同じ練習を続けているのに「欲しいもの」を得られないのなら、そこは「行き止まり」なのかもしれません。
「真面目に練習している人」が何十年も同じことを続けても結果が出ないなら、「自分が同じ選択肢」を選んでも結果は出ないだろう。
こう考えられるのは「相手への敬意」があるからです。

「迷路」で「ゴールする方法」には、下の2つがあります。

  • 「選択する場所」で「ゴールまで続く道」を選ぶ。
  • 「選択する場所」で「行き止まり」を選んだが、「引き返し」てゴールする。

「通常の迷路」のように「引き返すことが出来る」場合は「行き止まり」を選んでも問題ありませんが、「透明な迷路」のように「引き返すのが難しい」ときは「行き止まりを選ばないこと」を考えた方がいい。

「透明な迷路」でも「引き返すこと」は出来ますが、「そこが行き止まりである」と理解するまで時間がかかるため、「最初からゴールまで続く道を選んだ人」に比べるとゴールするのが遅くなります。

「生きている間に上手くなれば良い」と考えるなら問題ありませんが、「サッカー」のように「制限時間(大会等)」がある場合は急いだ方がいいでしょう。
「制限時間(大会等)」があるなら「行き止まり」から先に探し、選択肢を減らした方がいい。

「迷路C(下の図左)」でゴールするまでの時間が短いのは、どちらでしょうか。
青色の矢印を選ぶ人。
赤色の矢印を選ぶ人。

迷路の絵

ゴールするまでが早いのは、青色の矢印を選ぶ人ですね。
「透明な迷路」で結果を出さないといけないときは、赤色の矢印を消すことから考えるといいでしょう。

赤色の矢印を消すのが「相手への敬意」です。

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  • 相手への敬意が生み出すもの

「透明な迷路」で結果を出したいなら、「敬意の払い方」を覚えた方がいいです。
「敬意を払う相手(対象)」は2つ。
「相手(周り)と自分」

「自分自身への敬意」の説明は上で行ったので、次は「相手への敬意」が生み出すものを確認します。

説明のために、「迷路でゴールするまでの流れ」を使います。

  • 「選択する場所」で「ゴールまで続く道」を選ぶ。
  • 「選択する場所」で「行き止まり」を選んだが、「引き返し」てゴールする。

最初から「ゴールまで続く道」を選ぶことが、一番早くゴールする方法です。
「選択する場所でゴールまで続く道を選ぶ」には、「行き止まり」を知る必要があります。
「行き止まり」を教えてくれるのは「周りの人」

「周りの人の話」を聞くことで、「どのような道が行き止まりだったか」が分かります。
「行き止まりの道」を知るには、「相手の意見」を聞く必要があります。
「相手の意見を聞く」とは、「相手に敬意を払う」ということ。

「相手の話が信頼出来る」と判断出来たら、「相手の経験」をもとに別の選択肢を選べます。
「相手の話が信頼出来るか判断する」には、相手に興味を持たないといけません。
相手に興味を持つには、「相手の努力」を認める必要があります。

「相手の努力を認める」とは、「相手に敬意を払うこと」
「自分に敬意を払ってくれる人」には、こちら側も最大限の敬意で応えたい。
そう思う人が多いでしょう。

「敬意には敬意で応えたい」

相手への敬意が信頼出来る情報を生み出します。

「自分を馬鹿にしてくる人」には「大切な情報」を教えたくない。
これは、人間として自然な感情です。
自分を同じ人間として扱ってくれる人に、人は心を開くことが多いです。

「相手への敬意」が「信頼出来る情報」を生み出します。
「信頼出来る情報」が「早くゴールする方法」を教えてくれます。

「敬意」を持って相手に接すると、「信頼出来る情報」だけでなく「相手の予想」も得られることがあります。
「信頼出来る情報」だけでも十分価値がありますが、「相手の予想」まで手に入るなら精神的な余裕が生まれるでしょう。

「どこが行き止まりだったか」だけでなく、「行き止まりで人生を終えた人の予想」を聞くことで、非常に精度の高い攻略法を得られることが多いです。
「挑んだ人の感情も含まれた情報」は「次に挑む人」を強くするでしょう。

夢を押し付けられるのではない。
夢を押し付けるのでもない。
同じ選手として、同じ目標に向かう。
年齢や性別、時代をこえて頼もしい仲間が得られるでしょう。

たとえ一人で挑むとしても、「過去に挑んだ人」と一緒に戦えます。
「あの人が言っていたのはこれか」と理解しながら前に進めるでしょう。
一度しか通らない道だとしても「過去に挑んだ人の解説」があることで楽しく歩めます。

「過去に挑んだ人も自分と同じ気持ちだった」と知ることで「自信」が得られます。

相手への敬意が自信を生み出します。

「ゴールまで続く道」を歩んでいても、ゴールまでが長いと途中で転んでしまうこともあります。
他の人が来ることが出来なかった場所には「誰もいない」
「大丈夫ですか」と心配してくれる人もいない。
「ここまで歩いたから、もういいよね」
こう思ってしまうこともあるでしょう。

長い道のりを一人で歩くのは非常に辛いことです。
「汚い言葉」を投げつけられるのとは違う苦しさがあります。
「転んだ場所で挑むのを止めよう」
もう、十分頑張った。

「誰もいない場所」で倒れたままでも、誰も文句を言いません。
「自分一人」で挑んでいるなら、そこで諦めるでしょう。

倒れているときに「行き止まりで人生を終えた人」を思い出す。
行き止まりで人生を終えた人の「もっと先を見たかった」という感情を思い出せば、もう一度立ち上がれるでしょう。
「自分は相手に教えてもらったが、自分は相手に恩返しをしていない」

「自分一人だけの旅」なら終わらせることも出来ますが、「自分の敬意に応えてくれた人」に「お土産」も持たずに帰るわけにはいかない。
「お土産」を手に入れるために、何度倒れても立ち上がるでしょう。

相手への敬意が再び立ち上がる理由を生み出します。

無事にゴール出来たあと
「ゴール出来た人」だけが楽しめる「遊び」があります。
それは、「行き止まり」を冒険すること。
「相手への敬意」で「ゴールまで続く道」を見つけられた人は、自由に遊べる時間が生まれます。

自由に遊べる時間で自宅に帰るのもいいですが、せっかくなら「行き止まりを観察する」のもいいでしょう。
「行き止まりを観察する」ことで、「過去に挑んだ人」と知識や経験を共有出来ます。
「自分を助けてくれた人が見た風景」を自分の目に焼き付けることで、「相手への理解」が深まります。

一度ゴールしている人は、残り時間で焦ることはありません。
好きなだけ「行き止まりを観察」出来ます。
「なぜ、行き止まりを選択してしまうのか」
自分の目で確かめるのもいいでしょう。
「この形だと行き止まりを選んでも仕方がない」と、「ゴール出来ない理由」を考えるのもいいです。

「正解」を知ったあとは、「なぜ、正解出来ないのか」を考えるといいです。
「正解出来ない理由」を知ることで、より深く「ゴールまで続く道」を理解出来るでしょう。

「ゴールまで続く道を知る」とは、「行き止まりを見極める能力が付く」ということ。
「行き止まりを見極める能力が付く」とは、「行き止まりで人生を終えた人」を「ゴールまで案内出来る」ということ。

相手への敬意が失敗を成功に変える力を生み出します。

「相手への敬意」が、「ゴールまで続く道」を教えてくれることが分かります。
自分だけでなく周りも幸せにするのが、相手への敬意です。
「敬意の払い方を知らない人」は、必ず「行き止まり」で足踏みをする。

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  • 透明な迷路でゴールする方法

「敬意の払い方」で出てきた「相手への敬意」と「自分自身への敬意」
少し長く感じるので、短くしましょう。

「相手への敬意」を「敬意」に、「自分自身への敬意」を「自信」にします。
「迷路」では「行き止まり」を選ばないことが大事。
これは、「透明な迷路」でも同じ。

「透明な迷路」で「ゴールする」のは非常に簡単です。
「行き止まり」を消せばいい。

敬意は選択肢を減らすために、自信は引き返すためにある。
敬意と自信を持った人だけが、最後の楽しみを味わえる。
敬意の払い方を知っている人だけが、透明な迷路でゴール出来る。

「敬意(周りへの敬意)」の一番優れた部分を紹介していませんでしたね。

敬意が道を切り拓く力を生み出す。

  • 透明な迷路でもゴール出来る理由

上の方で「難しい迷路」でもゴール出来る理由を説明しました。
難しい迷路でもゴール出来るのは、遊ぶ人の幸せを願う人が迷路を作っているから。
遊ぶ人への敬意や愛情が込められているから、難しい迷路でもゴール出来る。

迷路に込められた敬意や愛情が、遊ぶ人をゴールまで導く。

「迷路」には「簡単な迷路」や「難しい迷路」、「透明な迷路」があります。
「透明な迷路」は「道が見えない」という違いがありますが、他の部分は「普通の迷路」と同じです。

「普通の迷路」と「透明な迷路」は同じです。
「難しい迷路がゴール出来る」ように、「透明な迷路」もゴール出来ます。

「難しい迷路でもゴール出来る理由」は、同じ迷路である「透明な迷路」にも適用されます。

「難しい迷路」で出てきた、迷路に込められた敬意や愛情が、遊ぶ人をゴールまで導くという言葉。
この言葉は「透明な迷路」でも使えます。

「迷路に敬意や愛情を込める人」とは、「迷路を作る人」のこと。
「迷路を作る人」とは、「道を作る人」のこと。
「道」とは、「遊ぶ人が通る場所」

遊ぶ人が安心して遊べるように迷路に敬意や愛情を込める人がいるからゴール出来る。
これを覚えておいてください。

「成功するまでに親子3代必要」という話がありました。
この話にも、迷路に込められた敬意や愛情が、遊ぶ人をゴールまで導くという言葉が当てはまります。

親が少しの知識を得る。
子供は、親が残した少しの知識を頼りに努力する。
孫は、親と子供(孫の親)から受け継いだ知識を使い成功する。

親は子供や孫の幸せを願い、子供や孫は親を信頼する。
親が、子供や孫の幸せを願うのは、愛情があるから。
子供や孫が親を信頼するのは、敬意があるから。

孫が成功出来たのは、孫が通る道を親や子供(孫の親)が作ったからです。
次の世代が成功するように、上の世代が道を切り拓いた。
道を切り拓くとは、道を作るということ。
道を作るとは、迷路を作るという意味。
迷路を作る人が、次の世代が成功するように道に敬意や愛情を込めた。
だから、孫は成功出来た。

「成功するまでに親子3代必要」という話にも、「敬意」や「愛情」が見つかりましたね。
迷路に込められた敬意や愛情が、次の世代をゴールまで導く。

「透明な迷路」も「難しい迷路」と同じですね。

結果を出したのは孫かもしれませんが、その後押しをしたのは親や子供(孫の親)です。
孫が成功したことを、親や子供(孫の親)も喜ぶべきでしょう。

そして、最後の迷路。

難しい迷路でもゴール出来るのは、迷路に込められた敬意や愛情が、遊ぶ人をゴールまで導くからでした。
難しい迷路も、透明な迷路も同じでしたね。

まだ、迷路が1つ残っています。
そうです。サッカーが最後の迷路です。

サッカーでもゴール出来るのは、迷路に込められた敬意や愛情が、遊ぶ人をゴールまで導くからです。
サッカーにも同じことが言えます。

サッカー選手として、より結果を出すのは若い選手かもしれません。
若い世代が結果を出せるのは、上の世代が、結果を出すために必要な非常に大切な知識を得たからです。

次の世代への敬意が込められた知識を持っているから、日本人選手が結果を出せています。
サッカー選手として結果を出しているのは若い選手かもしれませんが、日本人選手が成功するための可能性を高めたのは、サッカー人生をかけて少ない知識と間違いを探してくれた日本人選手達でしょう。

選手としての勲章は若い世代の方が多くもらうかもしれませんが、幅広い世代から慕われるのは一番地味で苦しい作業をしてきた世代だと思います。

サッカー日本代表やプロ選手、アマチュア選手としては結果を出せなかった世代もあるかもしれませんが、次の世代が歩きやすいように道を切り拓いたという点では、どの世代よりも輝いていると思います。
だからこそ、慕われるのだと思います。

結果という幸せは得られなかったかもしれませんが、選手としてだけでなく、人間としても尊敬され慕われることは、他では味わえない幸せでしょう。

孫の成功は、孫の力だけで得たものではありません。
親と子供、そして孫の成功です。
英雄の英雄を知れば知るほど、親しみを覚えるでしょう。

英雄が通る道を切り拓いたことに胸を張るべきです。
誰が道を作ったのかは語られないことが多いですが、道を通った人は分かっています。
背筋を伸ばして堂々としていればいい。

英雄を悲しませたらいけませんよ。
英雄の英雄もまた、胸を張るべきです。

サッカーでゴール出来るのは、迷路に込められた敬意や愛情が、選手をゴールまで導くから。
若い世代が結果を出せるのは、日本サッカーに込められた敬意や愛情が、日の丸をゴールまで導くから。

私が上手くなれたのは、歴代の日本代表やサッカー日本代表を頂点とした日本人選手達(アマチュア含む)、祖父母の友人達から敬意と愛情を受け継いだから。
サッカーを始めたとき、自分がゴールする未来しか想像出来なかった。
私には日の丸と偉大な選手達がついていますからね。
日本国とサッカーの歴史が味方になれば非常に心強い。

若い世代と一緒に、日の丸を一番高い場所に掲げませんか。

道を切り拓いてきたことへの正当な報酬と、お土産を受け取るべきです。
お土産を味わうためにも、身体を鍛え直すといいですよ。

2021年8月17日公開。追加組

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おでん式(日本式)キックメニュー

頭の使い方の確認
身体の扱い方の確認
心を守る不思議な魔法
サッカー上達法の確認
シュート編

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迷路で学ぶ上達や成長が早い人の特徴。透明な迷路問題を追加。2021年8月17日。
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おみくじ動画を追加。2021年6月10日。

最終更新。
2021年11月23日。

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